生物の多様性
この季節、田植えを終えた田んぼには、稲の苗の間をカエルが跳びはね、ドジョウが泳ぎ、サギがついばみにやってきます。畦は日に日に強くなる太陽の日差しを浴び、草が勢いよく伸び始めます。そして農家はひたすら水の管理と畦の草刈りと、田んぼの中に生えてくる粟や稗の刈り取りに追われる日が続きます。
埼玉県吉見町で、一人で専業農家を営んでいる高校時代の友人のところを訪れ、農作業の手伝いをしております。今日の作業は田んぼの草刈り。いつの間にかあっという間に伸びた雑草の刈り取りです。
草刈り機を肩にかけ、田んぼの斜面に沿うように刃をあて、畦の端から刈り取っていきます。草刈りは、お米の収量や出来に左右される大事な作業。このまま放っておくと、カメムシやガなどの虫が草むらの中で大繁殖し、稲の葉を食い荒らして米の生育を阻害したり、稲穂をかじって商品にならなかったりと、農家にとっては大打撃を受けてしまいます。このため、農家は畦の草をひたすら刈り取り続けます。
実はこの作業、植物たちにとっても、昆虫たちにとっても、ありがたい作業なのです。何もしないで放っておくと、たくさん生えている草のうち、強い草が競争に勝って優占種となり、やがて単一な植生となっていきますが、草刈りのおかげで、競争の途中でまたリセットされるため、弱い草も生き残ることができます。このため、色々な種類の草が生息することが可能となります。また、色々な草の根が絡み合うことで畦がしっかり固定され、人が歩いても崩れることのない強度を保つ作用があると言われています。
里山に代表される、人の関わりによって生物の生態系が守られることを研究している、保全生態学者の鷲谷いづみ氏によれば、これらの効用に加え、単一の植生では、何かその植物に打撃が与えられると、一気にやられて絶滅してしまいますが、沢山の草が生えていれば、例え一つの種類の草が打撃を受けても、大きな影響を受けることが少ないと説いています。つまり、沢山の植物が元気に生息していれば、田んぼの畦が崩れることは心配無いとういことでしょう。さらに、沢山の種類の草が生えているということは、例えばアゲハチョウの幼虫はミカン科の葉しか食べないように、色々な種類の昆虫が、自分の好きな草にやって来ます。美味しいお米を作るため、人が草刈りなどの管理作業をこまめに行うことが、いろんな草花を生やし、いろんな昆虫を呼びよせ、そして昆虫を食べるカエルや野鳥がやってくるといった環境が作り出されるのです。
久しぶりに持った草刈り機。体勢を崩しながらも斜面の草刈りを終え、額にかいた汗をタオルでふきつつ辺りを見渡すと、さっぱりした畦が顔を出していました。植物たちはまた「よーいドン!」と競争をスタートさせます。きっとすぐに色々な昆虫もやってくることでしょう。生き物たちのにぎわいが蘇ります。
除草剤を使わず、殺虫剤もほとんど捲かず、多くの生き物が生息する田んぼで作られた特別栽培米のコシヒカリ。作り手の思いがいっぱい詰まったお米の味は格別です。